連載 No.17 2015年11月15日掲載

 

美しく朽ちた廃駅の車両


北海道に撮影旅行に出掛けるようになったきっかけは、夕張という町だ。

炭鉱や歴史にそれほど興味はなかったが、

アメリカ西部のゴーストタウンのような寂れた美しさを、勝手に想像して憧れていたのかもしれない。

 空知という広い地域はかつて炭鉱で栄えたが、

その中でもシンボル的な存在の夕張には、ひっそりと時を刻む小さな町や施設がいくつもあった。

自分勝手な想像はあながち外れているわけではなかった。



 初めて訪ねたのは1990年頃。三菱南大夕張炭鉱はすでに閉山になっていた。

報道写真で知ってはいたが、時代に翻弄(ほんろう)された暗い町と言う印象ではなく、

優しい時間が流れ、風化することの美しさと、自然や季節の移り変わりを受け入れる、素直な生活を感じることができた。

 こぢんまりとした住宅の周りには、夏なら必ずきれいな花が植えられていて、「ここには人が住んでいるのだな」と気付く。

冬であれば、煙突から出る煙に生活の気配を感じていた。



 小さな町を点々と巡りながら、美しいものを見つけては何日か滞在して撮影する。

その頃、特に長い時間を過ごしたのが、南大夕張駅の跡に放置されていた古い客車だ。

内部は木製で、焼けたニスの色、明るい色の天井やすり減った真ちゅうの金具、調度品などもすばらしく、

1両の客車の中で、何日撮影しても必ず新しい被写体を見つけることができた



 写真を専門的に志すようになってからは、普通に美しいと思うものをストレートに撮るという、

何か照れ臭くてできなかったことを、この1枚、この空間が可能にしてくれたように感じる。



  この写真を撮影した98年1月当時、車両はまったくの放置状態で痛みが激しく、傾き倒壊してしまいそうな状況だった。

現在は近代化産業遺産として、保存、修復が行われ、駅を含めた公園に指定されているようだ。

 この車両の価値が理解され、多くの人の目にとどまるようになったことはとても喜ばしい。

近年はブルーシートにくるまれて、冬の厳しい気候をしのいでいるのを見ると暖かい気持ちになる。



 ただ、この写真を撮影した頃の、剥がれてゆくペンキや、割れたガラス、

車内に吹き込んだ雪の白さなどは、もう撮影できないと思うと少し寂しい。